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インタビュー:ボブ・メイアー パート1


Wednesday, February 19, 2003
 

Translated by Yoshiya Shindo

 ボブ・メイアーは、プロツアーで最も熟練の、尊敬を受けているプレイヤーの一人です。彼はプロツアーに勝ち、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーも手にし、最後の最後にジョン・フィンケルに敗れるまで、世界選手権も手にする寸前まで行きました。グランプリでの成功も一度や二度ではありません。昨年、メイアーは6ヶ月の出場停止を言い渡されました。最高レベルのプロフィールを持つプレイヤーが、DCIによって裁定を下されたのです。メイアーは正直なプレイヤーとして評判が高かったので、これには人々はショックを受けました。

 どうやらこの休暇は、“ザ・グレート・ワン”に力を与えてくれたようで、彼は戻るやすぐに大活躍を見せ、カイがまたしてもプロツアー・シカゴを勝ってしまうまでの間、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーのトップに立っていたのです。今シーズンのメイアーは素晴らしい活躍を見せています。プロツアー・シカゴのトップ8が戦われている最中に、私はボブと席に着き、ゲイリー・ワイズやニール・リーヴズとのチームのこと、世界選手権で初めて勝利を逃した全米チームのこと、1999年のシカゴでの勝利、出場停止に関する話、伝説のマディソンのマジック・コミュニティの話などを聞いてみました。

サイドボード:マジックを始めたきっかけは?

メイアー:僕が最初にマジックを始めたのは、フットボールの最中に肩の筋肉を痛めたときで、当時のディベートの先生が、僕がすごく競技向きだと思ってたんだ。彼はマジックのやりかたを、GenConで発売されたときに学んできていた。ちょうどアラビアン・ナイトが出たときだ。彼は僕に遊び方を教えてくれて、当時は6人のグループで遊んでいた。僕はすぐにトーナメントとかそういったものを探し始めた。レジェンドが出る頃には、僕はシカゴ方面のトーナメントに出ていたね。

サイドボード:ということは、普通の人よりも早くカジュアル・プレイヤーからトーナメント・プレイヤーになったわけだ。

メイアー:トーナメントというものを耳にしたときから、興味を持っていたね。僕の父はITコンサルティングとかそういうところにいて、最初の頃は、インターネットのニュースグループが大きかった。僕はそいつの使い方がわかってたんで、当時は今ほど情報が出回ってはいなかったものの、最先端に触れることができた。なんで、僕もそれに続いて、ハイスクール時代は時間が許す限りは競技に参加していたよ。

サイドボード:このゲームのどこにそそられたんだい? 興味を持つようになった理由は?

メイアー:僕は子供時代にずいぶんとチェスをやってた。父が教えてくれたもんで。僕は、ゲームはすべて勝負のためにやっていたよ。ハイスクール時代はスポーツにのめりこんでいた。フットボール、レスリング、砲丸投げと、競技に夢中だったね。でも、肩の筋肉をやっちゃて、そのほとんどを止める羽目になったんだ。その時に目の前に現れたのがマジックだった。もう夢中になったよ。

僕は、ゲームはすべて勝負のためにやっていたよ……

サイドボード:ゲームの特に何かが気に入ったとか?

メイアー:ゲームのメカニズムそのものはどうでもよかったんだ。最初は、僕はそのランダムさが気に入った。チェスには乱数がないから、うまい人が勝つ確率が非常に高い。駒だって同じ、ボードも並びも同じさ。チェスというものは、序盤の定跡とかそんなものを覚えることが大事なんだ。マジックでは、ゲームの中で色々なことを考えなくちゃいけない。

サイドボード:お気に入りのフォーマットは? その理由は?

メイアー:ずっとリミテッドが好きだね。僕は構築の方で良い結果を残してるけど、リミテッドの方がやっぱり楽しいよ。マディソンにはいい腕のプレイヤーのグループがあって、そこで僕たちは互いにドラフトの腕を上げてきていた。まあ、それが大きい理由なんだけど、とにかくこいつは面白いよ。

サイドボード:その話が出たところで、マディソンと言えばマジックのサークルで伝説になっている所だけど、なにがそこまでそのコミュニティを目立つものにしてきたんだろう?

メイアー:そこにすごく強い学生プレイヤーのグループがあったことは、実に幸運だったね。マジックがまだここまで競技に傾いていなかった頃、そこのプレイヤーが互いに集まって、それこそマジックしかプレイしない大きなゲーム軍団ができた。誰かがいつでも指揮をとっていて、うまいことやっていた……僕がそこに行くまではね。僕は96年にそこに引っ越した。僕がそこに行く2年ほど前からそれは続いていた。マディソンでは、毎週水曜の夜は、年末年始を除いてはゲームが行われていた。96年以降は、毎週水曜の夜はドラフトになったよ。

サイドボード:リミテッドの方が好きと言う話だけど、では構築の方が成績が良いのはなぜだろう?

Brainstorm
メイアー:僕が構築戦に持ち込んだデッキと言うのは、“ティンカー”のようにゲームの機能そのものをぶち壊してしまうやつか、僕がオースをプレイしてたときの《渦巻く知識/Brainstorm》《悟りの教示者/Enlightened Tutor》といった、ゲームからできるだけ運の要素を取り除いてくれるカードが使えるやつだ。確かに構築の方が成績がいいのは事実だけど、それはつまり、ある種の構築戦という物では、より経験のあるプレイヤーの方が本当に有利になるからだろう。

サイドボード:ドラフトではどういうデッキが好み?

メイアー:ボードをゆっくりとコントロールしていって、相手の防御が崩れるとこを目指すタイプのドラフトが好きだね。他の多くがドラフトするみたいに、ひたすらスピードっていうのは必要じゃない。僕はいい加減なテンポ型ドラフトプレイヤーじゃない。大抵は特定のボードポジションを目指していくよ。

サイドボード:君はジュニアのプロツアーから始めたわけだけど、その経験はどう役に立ってる?

賞金というものにこだわらなかったしね。

メイアー:まず、自分にとってジュニア・プロツアーで戦ってきたことで最も大きかったことは、そいつがPTQと併設されていて、スイスラウンドは大人のプレイヤーと一緒に行われていたってことかな。そこで、僕は当時の僕よりもより頭が良くて経験をつんだ人々とプレイし練習する機会が得られたね。その後、僕がマスターレベルのイベント(プロツアー)に進んだ後でも、ジュニア・プロツアーは後にジュニア・スーパーシリーズになって続いているけど、テストプレイの時には、僕たちの世代の人ばかりではなく、いつももっと若い人たちをまじえてやるようにしている。そこでは彼らがやっていなかったことを、僕たちが教えるようにしているんだ。まあそんなわけで、僕はジュニアから始められたことを良かったと思っている。賞金というものにこだわらなかったしね。そこにはゲーム以上のものがあった。奨学金もあったし、いろんなことを遠慮なく教えてくれる人ともプレイできたし。みんな僕とプレイすることを邪魔には思ってなかったね。当時のジュニア部門でトップ8に入るには3-3できればよかったから、たとえその中で年上の人と当たったとして……当時だって共謀行為は許されちゃいなかったけど、彼等も僕を気に入ってくれていたから、彼等に対しては本当に全力で当たったことはなかった。僕たちは楽しんでゲームをして、実際彼等も僕もそんなことは気にしてなかったね。

サイドボード:最初の頃と今のプロツアーはどう変わったと思う?

メイアー:プロツアーはよりプロフェッショナルになったね。良い傾向だと思うよ。プロツアーとかマスターズなんかは、少数のプロフェッショナルなプレイヤーをサポートするようになっている。当所からその方向で進めてたとは言え、例えば当所はチップ・ホーガンのようなタイプ1でのプロプレイヤーとかがいた。彼はキャンピング・カーに妻と子供と住んでいて、全米中を駆け回ってはその辺の人に賭けマジックを挑んで暮らしていたんだ。その頃から考えれば、間違いなく今の方がいいね。

サイドボード:世界選手権で負けた初の全米チーム(訳注:1997年)にいた感想は? 今にして思えば、そのチームにはボブ・メイアーとジャスティン・ゲイリーという、後にプロツアーを取るような腕前の2人がいたわけだけど?

メイアー:最も大きかったのは、僕たちはみんな若かったってことだね。僕はかなりおとなしかったし、あまりずけずけ言うほうじゃなかった。そいつはチームの強い個性となっていたね――ジェフ・バッツもすごくおとなしい人だったし。チーム・シールドでは、互いに協力する必要は無かった。僕たちはお互いに自分の考えがあったから。当時のジャスティン・ゲイリーは、全米チャンピオンだったわけだけど、彼は真剣に自分がデッキ構築をやるべきだと思っていた。カイル・ビゴスとはトーナメントの前から知り合いだったし、ジェフ・バッツやカイルは――それに、全米チャンピオンのジャスティンですら――僕に気を使ってくれていた。僕たちは、一緒にやるべきことをまったくやらなったんだ。初めて負けた全米チームとしては、本当に落ち込んだね。トーナメントを終えたときには、当所は7位と発表されていたけど、最終的には5位になっていた。親切にも、金にならない一番上まで押し上げてくれたってことさ。でも、全米選手権のトップ8の残り半分を見たら、すごく奇妙な感じだと思うよ。そこには信じられないことに、ジョン・フィンケル、ネイト・クラーク、ケイシー・マッキャレル、マリオ・ロビーナの名前があったんだから。ずいぶんと強烈なトップ8だね。

 こいつには本当にがっかりしたけど、間違いなくいい経験だった。僕の両親は会場に来て、僕がプレイするのを見ていた。そこでは多くを学んだ。というのも、世界選手権で初っ端から0-4を食らってしまって、しかも第4ラウンドは本当に散々だったもんで、つぶさなきゃいけない時間が50分もできてしまい、僕はホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びてベッドに腰掛けてたら、その部屋にはWizards社絡みの仕事でシアトルに住んでいる友人が一緒に泊まっていたんだけど、彼も腰掛けてきて少し話をした。こいつが個人戦だったら、僕はたぶんドロップしてただろう。でも、僕は真剣に頭にきていたし、この先には何もなかったし、そうでなくてもそのままなら僕は間違いなくミスをしてただろう。彼は僕を励ましてくれて、そこから僕は3-0した。最終的には僕は10位まで持っていくことができて、そこからさらに3ラウンドか4ラウンド戦うことになったわけさ。確かに全米チームの成績は残念だけど、僕はプレイヤーとしてこのトーナメントですごく成長したと思う。そこでは多くの物を得たし、多くのものを与えてきたね。

サイドボード:シアトルでの世界選手権で、全米チームが初めて負けたことで、観衆から文句を受けたかい?

メイアー:いや。実際の話、みんな本当に協力的だったし、特にブライアン・ワイスマンはそうだった。彼は実際はトーナメントを抜けてなかったんだけど、彼はそこにいてくれた。僕が最初のテーブルで0-4を食らったときに、彼らは集まって僕を励ましてくれた。彼は僕を席に着かせて、ミラージュ=ビジョンズ=ウェザーライトでは青白が最強のデッキだと言うことを教えてくれた。みんなはそれを理解していないようだし、さらに彼は僕が早めに《火葬/Incinerate》じゃなくて《衝撃/Jolt》を取っていれば、その後のドラフトは有利に働くだろう、僕には長期計画が必要だということを教えてくれた。結局、ロチェスターだったと言うこともあって、僕は次のテーブルでうまく青白にはいけなかったんだけど、誰もが僕たちを励まし、元気付けてくれていた。みんな本当に協力的だったよ。最終的にいい結末にはならなかったけど、誰も僕たちに文句は言わなかった。申し訳ないね。

サイドボード:君はオースデッキで有名なわけだけど、その出所は?

Oath of Druids
メイアー:デザインしたのはペッド・バンで、マディソンの仲間がそいつとPTQで当たったときに僕に教えてくれたんだ。僕はGPカンザス・シティに参加し、そのGPの朝にペッドに駆け寄った。僕は彼がいいデッキを使っていたことを聞いていたし、僕は《High Tide》デッキを使いたくなかった。で、彼がデッキリストをくれたんで、僕はそのデッキで登録して、バイの間にそいつを組み上げた。そして僕はそのデッキで、ペッドが通ってきた道を行くことになった――彼のデッキは本当に面白かったし奇妙だったよ。まるで“セクシー・レクター”(訳注:《アカデミーの学長/Academy Rector》で様々なエンチャントを持って来るデッキ)や“ライフ”(訳注:《庇護の天使/Angelic Protector》《回れ右/About Face》で無限ライフを得るデッキ)みたいだったね。彼のデッキは少し変わっていたんで、僕は純粋にトーナメントの見通しを立てていた。彼のデッキには《不毛の大地/Wasteland》は1枚しか入っていないし、タップインランドが片っ端から投入されてるし、デッキには色々と面白い仕掛けがあった。サイドボードには《テレパシー/Telepathy》まであったんだから。そんなだから、確かにこいつは面白かったけど、トーナメントの武器としては最高と言うわけじゃなかった。そこで僕は、そのデッキに基本を残してバラバラにして、トーナメント級のカードを色々と突っ込んだんだ。でも、こいつはあくまで彼のアイデアだし、彼のテーマだし彼のデッキだよ。僕は自分じゃこんなのは思いつかなかっただろう。ぼくはそいつをトーナメントに持っていって、そこで戦えるレベルの一級品となったわけさ。

サイドボード:そのデッキをずっと使っているわけは?

メイアー:そこには十分な数の運の要素を減らすカードがあったからだね。“教示者”カードとか《渦巻く知識/Brainstorm》とか《衝動/Impulse》とかがあるおかげで、そう何回も土地事故とか逆土地事故を起こすことはなかった。フェッチランドのおかげで余計に土地を入れられたし、しかもそいつは使うたびにデッキを圧縮してくれるから、後半戦で土地を引きすぎることもなかった。どんなデッキに対しても対抗策があったしね。

サイドボード:ここシカゴと言う土地は、君が99年にプロツアーを勝った場所だし、色々と思い出があると思うけど、地元でプロツアーを勝った感想は?

プロツアーで成功すると確信するまでには、色々とすべきことがあったね。

メイアー:シカゴでプロツアーに勝つというのは本当に素晴らしいことだったし、しかもちょっと面白いことだったね。と言うのも、僕はその2年前に、今の女房と新年を祝うためにこのホテルに泊まったことがあったんだ。しかもまさしくこの場所さ。それで99年に初めてこのホテルでプロツアーが開かれたときでも、僕はホテルのレイアウトやら何やらを全部覚えていた。すごくくつろげたよ。僕は両親のところからここまで歩いてきた。僕は本当にリラックスしていたし、初のプロツアー優勝に向かってしなきゃならないことがたくさんあるのもわかっていた。プロツアーで成功すると確信するまでには、色々とすべきことがあったね。

サイドボード:部屋で快適だったってことは、プレイヤーとしても快適だった?

メイアー:もちろん。昼飯を食いに行く道順もわかってたし、自分が行くべき場所も、自分が家に帰る道も完璧にわかっていた。僕は自分のベッドで眠れたし、自分の家でシャワーを浴びることができた――何もかもが快適だったし、まるで単なるPTQみたいだったよ。この場所はいいところだ。知らない場所じゃないし、一度も歩いたことのない場所じゃないんだから。

サイドボード:ブライアン・デイヴィスとの伝説の決勝戦の思い出は?

Necropotence
メイアー:勝てたことは本当にうれしかった。僕はブライアンよりうまくプレイできたわけだし、そのおかげで彼に勝てたんだから。見てる方は面白かっただろうね。僕はこの試合のビデオを持ってるんだけど、ニール・リーヴズがまだペーペーの時に、彼がPTボストンの前に僕の家に泊まったことがある。彼はこいつを見て、まったく信じられない風だった。彼もこの試合に関して聞いてはいたけど、実際見るのはまた違うみたいだった。どれだけゲームに神経をすり減らしたか、わかってもらえると思うよ。みんなの顔に浮かんだ表情も見ることができるし。僕はプロツアーに勝つとしたら、単なる相手の土地事故とかじゃなくて技術にのっとって勝ちたいと思っていた。でも、第5ゲームなんか……想像もできなかったよ。顔を見ればわかるだろうね。何せ、僕は3ターン目も4ターン目もパーマネントがまったくなくて、相手は《ネクロポーテンス/Necropotence》でバカみたいに引きまくってたんだから。

サイドボード:自分もその観客の中にいたんだけど、こいつはもう終わってると話していたもんだよ。

メイアー:ああ、僕もずいぶん鬱憤がたまってたよ。彼は僕に《暴露/Unmask》を撃ってきて、そのときの手札は《対抗呪文/Counterspell》が3枚と《Force of Will》が1枚だった。彼は《対抗呪文/Counterspell》を1枚落としてきた。僕はそこに座ったままで、何を考えてたかはテープの僕の目を見れば誰でもわかるはずだよ。僕は思ったよ。「お願いだ、彼にこの償いをさせてくれ。彼は下手をやったんだ。彼は正しいカードを抜かなかった。彼はこいつをテストすらしてなかったはずだ」ってね。僕は頭にきていた。それは別に負けそうだからじゃなくて、僕の負け方と彼のプレイングに頭にきていたんだ。でも、そこからゆっくりと、僕はどうにかして復活していった。このゲームのことは、今後どれだけ長くマジックをやってたとしても、ずっとマジックの良い思い出として記憶に残るだろうね。

サイドボード:それ以来のブライアン・デイヴィスのプレイヤーとしての成長についてどう思う?

メイアー:ブライアン・デイヴィスはプレッシャーのかかる試合では相変わらずミスを繰り返している。これはもうわかりきった結末だと思うよ。彼はミスをすることにすごく神経質になっているし、それは彼のゲームにもさらに影響している。彼はすごく技術のあるプレイヤーだし、彼の能力はすごく尊敬している。いつかは彼のあがり症もどうにかなる日が来るだろう。僕だってプロツアーの最初の数年間は、プレイのときに手が震えたものさ。僕が緊張を意識していたかどうかは知らないけど、手が震えてたってことは、何かを感じて立ってことさ。でも、それも数年で起こらなくなったし、彼のそんな癖もいつかは無くなるだろう。時が立てば彼も変わるものさ。彼も何回かトップ8にたどり着いているし、みんな彼の腕前を尊敬している。ただ彼はミスをしちゃうだけなんだ。

サイドボード:まったくだね。自分は1999年のPTシカゴの後で、人々がブライアン・デイヴィスは二度と上位には来ないだろうと言ってたのを覚えてる。でも、明らかにこいつはまぐれじゃなかった。

メイアー:まあ、当時は彼も15歳だったしね。プロツアーも初めてだった。でも、トップ8のカメラの下だと、やっちゃうんだよ。《サイカトグ/Psychatog》の件(訳注:2002年PTニースの準決勝で、相手の《サイカトグ/Psychatog》のダメージ計算を間違えて負けてしまい、結局マッチも負けた)とか、フィーチャーマッチの僕との対戦での土地のタップ間違いとか。残り1ライフでダメージランドをタップして死んだりしてるんだから。そんな小さなことがいつでもあるんだ。たぶん、プレッシャーのきついところでは、集中力が保てないんだろうね。

サイドボード:つまり、成功のためには自信が重要であると?

メイアー:色々あると思うけど、必ずしも自信が必要ってわけじゃない。ニール・リーヴズはすごい悲観主義者だけど、それもゲームの役に立ってると思う。状況がどうなっていようと、彼はいつだって負けそうだと思ってるし、だからミスなんかできないと思っている。その一方で、多くの腕利きのプロが、勝ちが見えてくると、いずれにせよ相手をぶっ潰せると考えて、あっちこっちでミスをするって言う光景もよく目にするだろう。そいつはいつだって彼等をそんな状況に追いやってしまう。みんな自分のゲームに何が必要か、別な角度から見直さなきゃいけないね。ゲイリー・ワイズと臨んだチームPTで言えば、ゲイリーはもっとしっかりした立場からゲームに向き合わなきゃいけないと思う。彼は自分が良いプレイヤーであることを信じるべきだし、彼は自分が勝てることを信じるべきだ。彼にそういう自信があって、負けることを心配しないうちは、彼は本当にものすごく上手いんだ。それからするとニールは対極だね。僕もゲームにすごく悲観的な立場から向かっている。ニールと僕はその面ではすごく似ているね――僕はいつだって負けそうだと思ってるよ。

 みんなは互いのプレイングを色々と批評するだろうし、僕たちだって3人いるわけだから、僕たちはいつも互いのプレイングを見て、そこから学ぼうとしている。僕だってテーブルに向かって、もう負けそうだと話すことなんかしょっちゅうさ。そこに何も起こらなければ、僕は本当にゲームに負けるだろうね。実際はその大部分では、それは実際のゲームの状況を正確に指し示してるわけじゃないけど、それは僕の側から見たゲームなんだし、そうすることで僕はゲームをものすごくきっちりプレイできるようになる。僕にはミスを認める余裕なんか無いし、すべては正確に進めていくべきなんだ。

サイドボード:その中には、勝ちが見えていないはずの相手を勝ったと思わせるようなこともあるんじゃないだろうか? それも考えのうち?

メイアー:それはおまけだね。意識して相手をそういう方向に誘導することは無い。でも、相手に間違った情報を与えることは素晴らしいね。そいつは、例えば最近だと変異とかで、相手にちょっとした反応を投げかけることなんかは、役に立つことが多い。相手にいつでも理由を探らせるように仕向ければ、そいつはなかなかだ。もし僕が勝っているはずの状況で、相手が僕が不機嫌な理由に思い至らなければ、彼はたぶん僕の変異クリーチャーがろくでもないやつだと思うだろう。相手が見えない何らかの情報で、それが僕が負けそうだと思わせることはあるね。僕の手札が全部土地だとか、そういう類で。

 次回は、ゲイリー・ワイズやニール・リーヴズとチームを組んだこと、そのチームの原動力や、デイヴ・ウィリアムズの行く末などを語ってもらう予定です。



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