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インタビュー:藤田憲一 パート1


Wednesday, July 23, 2003
 

Translated by Yoshiya Shindo

 数週間前、僕が日本に日本選手権の取材に飛ぶ準備をしていた頃、サイドボードの編集者のトーマス・パネルが僕にメールをしてきて、滞在中に日本のプレイヤー一人のインタビューを取ってくるよう指示を出してきた。一年前、僕も同じことを考えていて、実際にシドニーの世界選手権で森勝洋氏にインタビューを行なうべくいくつか質問の準備もしていた。しかし実際は、時間を確保できなかったことと通訳が見つからなかったことで、それはうまくいかなかった。今にして思えば、これは面白い話題だったろうと思う。日本のマジックは1年前でも興味深いものだったが、この国は今シーズン実に爆発的な活躍を見せた。プロツアー・ベネチアでは鹿島彰浩氏が二人目のトップ8入りし、同じ会場では森、黒田、森田のPS2がチーム・マスターズを勝利している。そしてそれでもまだ足りないとばかりに、大磯正嗣氏がプロツアー横浜で決勝に進んで最優秀新人レースを大きくリードし、同時にベテランの池田剛氏もトップ4入りを決めた。疑いの余地もなく、2003年は日本にとってマジック:ザ・ギャザリング登場以来大きな意味を持つ年であり、それもあって日本人に対するインタビューは非常に興味をそそるものだった。それに加えて、日本のこれらの成功にもかかわらず、欧米のプレイヤーはこの国のトッププレイヤーのことをよく知らない。ということで、日本におけるこのゲームの歴史と進化の過程、そして今後の方向などは、実に面白いものになるだろうと思った。

 しかし、その上で大きな問題が僕にはあった。そもそも誰にインタビューすればいいのだろうか? 僕は、日本におけるかつてのマジックをよく覚えていて、さらに現在の状況にも詳しい、ゲーム歴の長いプレイヤーと話がしたかった。僕の頭の中には多くの日本のプロプレイヤーの名前が並んだが、結論は出なかった。そこへロン・フォスター氏(日本の組織プレイマネージャー)が来て、ある名前を提案していったんだが、それは僕にとっては少々驚きだった。その名は藤田憲一氏だったのである。藤田氏は、まだ日本語版のマジックが存在する以前からプレイしているベテランである。彼はグランプリを2勝(うち1勝は日本初のGP)していて、日本代表になったこともあり、2001年のプロツアー・ロサンゼルスでは、日本初のトップ8まであと1勝という成績を残している。

 ロンは最終ラウンドに向かいつつあるところで藤田氏に話を持っていった。その段階でも彼のことをよく知らない僕は半信半疑だったが、とにかく最終ラウンドの彼のマッチを取材に行くことにした。ゲイリー・ワイズ氏が日本のマジックのプレイヤーについて書いた文章によれば、彼のニックネームは、プレイ時に放つ悪い雰囲気から"悪い男"と呼ばれているそうだ。確かに、トップ8を射程圏内においていた藤田は、対戦相手をにらみつけ、テーブルにカードを叩きつけるようにプレイし、威圧するようなオーラを身にまとったままそのマッチを勝利した。それがどの程度のものであったか疑問のむきに説明するならば、彼の顔つきはかの悪名高いデイヴ・プライスの"死の睨み"よりもさらに上を行っているんじゃないかと思う。僕は、トップ8に入り、さらには日本チームのメンバーになる可能性もある人物とのインタビューに興奮したが、実際にはそうはならなかった。藤田氏はタイブレイカーで9位になってしまったのだ。しかし、彼は喜んでインタビューに応じてくれ、ロンと並んで椅子に座り、日本のマジックに関する見識を話してくれた。

通訳:ロン・フォスター

サイドボードマジックを始めたきっかけは?

藤田:最初は雑誌の記事で見て、それが面白そうだったんで。それで仲間の何人かが遊んでるのを見つけて、一緒にやり始めたんだ。

サイドボード:それはいつ頃?

Day of the Dragons

英語圏のプレイヤー諸君、こういうカードしかない状態でゲームを覚えなきゃいけないのを想像してみたまえ。
藤田ザ・ダークのあたり。

サイドボード:本当に? それは日本語版のカードが出るずいぶん前だと思うけど。

藤田:そう。日本語版の出る一年か一年半は前になるな。

サイドボード:全部のカードが英語の状況で、君や友達はどうやって遊び方を覚えたの?

藤田:"ログアウト"ってコンピュータ雑誌に、マジックの紹介とそれに関するちょっとした記事が載ってたんだ。俺らはゲーム関するほとんどのことをそっから覚えて、残りのカードの内容とかどういう意味かとかは、それこそ辞書と首っ引きとかそんな感じだよ。

サイドボード:日本語版が出てから、状況はどう変わった?

藤田:一番はっきり変わったのは、プレイヤーが増えたことだな。実際手に入りやすくなったわけだしな。そいつがデカいビジネスになって、何もかもが変わったよ。多くのプレイヤーがゲームを始めたし、トーナメントの数も増えたし。

サイドボードマジックが気に入った理由は?

藤田:俺はずっとゲーマーだったからな。大学時代、まあ俺がマジックを始めた頃になるけど、俺は麻雀をやりまくっていた。俺は勝負事が好きで、マジックもその延長って事だ。マジックはマジでいい勝負事だったし、実際面白かった。はまっちまったよ。

サイドボード:ゲームのメカニズムでここが好きとかはある?

藤田:メカニズムってんじゃなくて、俺がずっとマジックをやってる理由は、俺の友人もやってるからだ。こいつはもう生活の一部だな。

サイドボード:どの時点で競技プレイヤーになろうと思った? 最初からそういう意向だった?

藤田:俺は地元のゲームショップで遊んでたんだけど、当時日本語版のマジックはまだ無くって、マジで気合の入った店しかそんなもんは置いてなかったよ。当時マジックをやってたやつらは同じ場所ばっかりにいついてたけど、実際そういう場所は少なかったし、互いに離れてたからな。で、たまたま自分の住んでた近くにその手の店の一つがあったから、そこに通ってプレイしては勝ってた。だから、俺はそこの小さなコミュニティでお山の大将だったよ。そんで、当時知ってたヤツの中に、今は中村聡と一緒にゲームの会社をやってる広木克哉がいて、そいつが俺んとこに来て「ああ、君もマジックやるんだ?」とか言うんだ。そっから話が始まって、ヤツは「俺、定期的にマジックやってるとこ知ってるよ」って言ったのさ。それが代々木の近所のマクドナルドでさ。で、みんなそこまで出かけてマジックやってたし、その近所にホビージャパンがやってた店もあったな。その店じゃトーナメントもやってて、「土曜日にトーナメント開催。参加費500円」とか何とか書いたチラシも出てた。当時はタイプ1もスタンダードも無くって、ただ"各自デッキもって集合"状態だったな。で、俺もそのあたりに出かけて、店でトーナメントがあれば出てたわけだ。

サイドボード:ドラフトと構築ではどっちが好き?

藤田:みんな俺のことをリミテッドのスペシャリストとか言いやがるけど、俺個人はそんなんじゃないんだぜ。俺はイベントがありゃ何のフォーマットでも出てるし、好き嫌いは無いな。リミテッドの方が興味があるしやってて面白いけど、だからって構築が嫌いだとかやったこと無いとか、そんなんじゃねえよ。

サイドボード:ドラフトをやる人たちにアドバイスは?

藤田:ドラフトがうまくなる方法を教えてくれるやつがいるってんなら、こっちが聞きたいぐらいだよ。たぶん、一番重要なのは何を流したのかを覚えてることだな。そうすりゃ、他のやつがどんな風になるかが見当つくだろうし、そいつを覚えてればパックが戻ってきたとき、何が取られたかわかるだろう。

サイドボード:構築ではどんなデッキが好き?

藤田:黒。

サイドボード:理由は?

藤田:ずっと黒が好きだから。青はやりたくないね。全然好きになれねえよ。

サイドボード:それはどうして?

藤田:面倒臭すぎるからなあ。消去法だよ。青は嫌いだし、緑は単純すぎる。「デカブツだ、殴った、殺された、またデカブツだ」 そんなん退屈だろう。

サイドボード:赤と白は?

藤田:白は幅が狭すぎんだよ。選択肢が少ないから、目一杯できないし。そうなると、黒と赤が残るわけだ。やれるかぎりは黒単で行くけど、黒赤デッキで行くことも結構あるぜ。

サイドボード:黒にあって他に無いものは?

Duress
藤田:確かに黒にはエンチャント除去は無いけど、他に黒にできないことはそうそう無いだろう。強いクリーチャーはいるし、コントロールの要素もあるし、デッキ操作もできるし、ライフゲインだってできるし。他の色の要素をやたら持ってるんだな。緑のデカブツだって、青のデッキ操作だって、白のライフゲインだって、全部黒でできる。で、黒を使う一番の理由は、もちろんそいつが相手の手札をボロボロにできることさ。相手の手札にカードが無きゃ、相手は何にもできねえからな。

サイドボード:ちょっと話を変えようか。僕は、日本でマジックが始まったとき、そこには4~5人からなるグループがあって、お互いにデッキのアイデアを秘密にしてたって聞いたことがあるんだ。おそらく多くの欧米のプレイヤーは知らないことだけど、君は日本でも最初のマジックのチームの一つ"フジケン組"を作ったって話だね。そのチームを作ることになったきっかけは?

藤田:最初に言っときたいんだけど、まず事実関係をはっきりしとこうや。そもそも"フジケン組"なんて存在しないんだって。そいつは、言ってみたらマスコミが作ったようなもんでさ(笑)。そいつは神話みたいなもんで、実際に組があったことはねえよ。

サイドボード:チームを組んだことはないの?

藤田:無いわけじゃないけど、意図してチームを結成したり、ましてやそいつに"フジケン組"なんて名前をつけたりしたことは無いんだって。

サイドボード:まあ名前は別にしても、プレイヤーの個人主義だった状況を、一緒に大きなグループとしてやるようになった理由は?

藤田:当時は、マジックがやりたいときにいつでもやれるような店は二つしかなかったんだよ。その一つが渋谷オフビートで、こいつは初代の日本チャンピオンが始めた店だ。そいつは実際にそん時の賞金で始めたやつだしな。で、もう一つが新宿のハイパーアリーナで、こいつはイエローサブマリンがやってた。その2件だけが定期的にトーナメントをやってたのさ。そのせいで、プレイヤーも分かれてた。渋谷の連中と、新宿の連中って感じだな。渋谷のヤツらは中村とか真木とか石田とかだ。そいつらは小規模だったけど、日本でもトップのグループだと思われてたな。日本代表になったやつとか、海外までトーナメントに出かけるようなやつは渋谷の面子だったよ。俺の住んでた場所は新宿の方が近かったし、俺の友人はみんなハイパーアリーナに行ってたから、俺も新宿組の一員だった。新宿の方が人もたくさん集まったし場所も広かったし、場所も便利だったしな。まあ人はたくさん集まるんだけど、その分、何て言うか、カジュアル寄りなんだよな。渋谷のグループはもっとマジで取り組んでたし、インターネットでのレポートとかデッキリストなんかに取り組もうともしてたよ。実際にプレイテストってのをやってたのもヤツらだ。席に座って、デッキを作っては対戦して、カードの順位をつけたりしてな。ヤツらはかなりマジで、本当に最強のデッキを探そうとしてたし、ヤツら自身も自分らが最高のプレイヤーだと思ってて、言ってみたらかなりのエリートのグループだったよ。新宿の方は、もっとどっちかって言うと「おい、怪しいアイスエイジのデッキを組んできたぜ」とか言って座って遊んでる感じだったよ。確かに競技的なものもあったしトーナメントもあったし、みんな勝つつもりはあったみたいだけど、そこには"テク"があったわけじゃなかったな。なんて言うか、箱にコレクションを片っ端から詰め込んで、そいつを持ってきては「こいつは強いだろう」とか言ってはデッキに突っ込んでるようなもんだった。

「あいつが新宿のチームのリーダーに間違いないよ」

 ただ、この二つのグループが完全に分かれて立ってことじゃないぜ。こっちのヤツらも渋谷のトーナメントに出てたし、渋谷のヤツらもハイパーアリーナのトーナメントに出ることもあったな。ただ、あんたも言ってたように、そこではデッキに関するマジな議論は無かったよ。だれも情報を共有しようとなんかしなかったけど、渋谷のヤツらがマジで調整して、シナジーとかが揃ってたデッキを持ち込んできたときには、大抵1位とか2位とかになってた。逆に渋谷のトーナメントなんかに出てみたとするわ。そいつが持ってくのはオークデッキとかそんなやつで、向こうはネクロデッキとかでくるのさ。ヤツらはネクロデッキの何たるかがわかってるけど、こっちはそいつがクソカードだと思ってるから、結局はヤツらが勝っちまうわけだ。実際俺もハイパーアリーナでプレイしてたし、予選なんかでも上位に来てて、そういう状況がだんだんわかってきたのさ。で、俺がプロツアー・ダラス予選の決勝で負けたとき、おれは渋谷の連中のお目にとまったんだ。ヤツらは「ねえ、先週うちの店の大会で3位になってなかったっけ?」とか何とか言って、俺も「ああ、そいつは俺だな」とか答えたさ。で、俺がだんだん強くなってきてたんで、ヤツらも俺のことを頭に置くようになってきたんだ。基本的に、とにかくハイパーアリーナにはチームなんか無かった。渋谷の連中は自分らをチームだと考えてたから、新宿に来たときも同じことを当てはめてたんだと思うんだわ。俺はやたらデカいし、そこじゃうまい方だったろう。俺は他のヤツらの面倒見がよかったみたいだし、そいつらもしょっちゅう俺と同じようなデッキを使ってたわけさ。で、渋谷のヤツらがそれを見て「あいつが新宿のチームのリーダーに間違いないよ」とか考えたのさ。"フジケン組"とか言い出したのはヤツらだよ。そいつは何てえか、作り出されたものさ。俺はそんなこと思ったこともねえよ。そんなチームは連中の頭の中にだけあるもんで、正式に組まれたことなんか一度もねえし。で、そんな事情もあって、そいつは勝手にでき上がっちまったわけだ。

サイドボード:なんかずっと"組長"って呼ばれてるって聞いたけど。

藤田:どうしてみんなが俺のことをそう呼んでるのか見当もつかねえよ。いくら「フジケン組もねえし、俺も組長じゃねえんだから、そう呼ぶのはやめろや!」って言ったって、ヤツらは相変わらずフジケン組長って呼ぶんだよ。たまんねえよ。

サイドボード:君はゲームにすごく怖い態度で臨んでるみたいだけど、それは相手に対する威嚇なの? それとも何か別な理由があるの?

藤田:わざとじゃねえって。

サイドボード:"悪い"っていうのは君の個性によるものなの? それとも対戦の時だけのこと?

藤田:何べんも言うけど、わざとじゃねえんだってば。相手を威嚇してるつもりもねえし、相手にプレッシャーをかけてるわけでもねえよ。たぶん、それは俺が本気でゲームに集中してることによるんだろう。確かにそんな態度も取ってるさ。でも俺はそんな風に言われてたり、"悪い"とか思われたりとかしてるけど、しょっちゅう対戦相手に冗談を言ったり話したりしてて、そん時はかなりくだけてるぜ。

サイドボード:ええと、僕は君の最終戦を見てたんだけど、僕が見た分には、君はテーブルにカードを力いっぱい叩きつけて、相手をすごい勢いで睨みつけてて、まるで「俺に勝てるなんて思ってねえだろうな?」とか考えてるように見えてたよ?

藤田:マッチ中にどんなんだったかは覚えてねえな。俺は単にゲームやってただけだから。

サイドボード:僕は、君が日本で最初のグランプリで、うっかりトロフィーを壊しちゃったって話を聞いたことがあるんだけど。その後で、君がアンドリュー・フィンチに代えのトロフィーがあるか聞いたときに、彼は「またグランプリを勝ちなよ」って言って、君はそのとおりの事をしたわけだ。それは実際にトロフィーのおかげってところがあった?

藤田:アンドリュー・フィンチが何て言ったかなんか覚えてねえし。

フォスター(通訳):確かにそうだったの覚えてるよ。その時のステージの通訳は自分だったし、トロフィーの代えの話をしたのも自分だったからね。

次回は、藤田の世界的なマジックのコミュニティにおける位置や、現在の日本の立場やそこにたどり着いた経緯、そして今後の見解などについてを語ってもらう。



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